[A00-0053] 櫛田神社(くしだじんじゃ)
神社誌№A00-0053
神社名 櫛田神社(くしだじんじゃ)
社格  村社
鎮座地区福岡市
所在地 福岡市大字荒江字宮ノ前
メモ  
祭神天照大神、大若子命、天児屋根命
由緒不詳、明治五年十一月三日村社に定めらる。
社説に曰く、元禄年間祠官池田刑部元直の時早良郡野芥村なる櫛田神社の分霊を迎へて勧請せりと。
同神社は天平年中の創祀と伝へ天慶二年己亥三月(昭和十五年より一千一年前)再建の古宮にして能解(乃計)の郷の郷社なりしと謂ふ。御祭神大若子命は伊勢度会の神主の遠祖なる天御中主尊十八世の孫彦久良伊命の御子なり、神功皇后伝記 矢野玄道著 に云ふ。伊勢神名秘書に見えたる説に「伊勢国渡会神主の遠祖大若子命弟乙若子命鳴鏑矢を造りて息長足姫命の三韓を征討し給へる時に献りしかば亦御名を加夫良居命と云ふ」とあり、梅宮(山城国葛野郡鎮座、官幣中社)の社説にも又名加夫良居命とあり。
垂仁天皇の御宇越の国に阿彦と云ふ凶賊ありしを此命に勅して征伐せしめらる、命則ち幡を挙げて輙く退治の勲を立給ひしより大幡主命の名を賜へるなり。此命倭姫に従ひまして国見に巡り給ひし時倭姫の御櫛田に落ちたまへり後人其処を櫛田と云ふ、さてぞ此大若子命を櫛田大神と称へ奉ると云ふ。
大正十一年社殿を改築し氏子数の増加と共に崇敬を集めつつあり。
例祭日十月十九日
神饌幣帛料供進指定昭和三年十月十一日
主なる建造物神殿、渡殿、拝殿、幸神社、神饌所、社務所、絵馬殿
境内坪数二百六坪(官有地第一種百三十五坪、神社有地七十一坪)
氏子区域及戸数大字片江、百二十五戸
境内神社幸神社(道祖神)荒江字幸の前に無格社幸神社として祭祀ありしを大正四年七月五日許可を得て合併古く荒江の産土神と伝ふ。
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