[A00-0436] 大己貴神社(おおなむちじんじゃ)
神社誌№A00-0436
神社名 大己貴神社(おおなむちじんじゃ)
社格  県社
鎮座地区朝倉郡
所在地 朝倉郡三輪村大字彌永字大神屋敷
メモ  
祭神天照皇大神、大己貴命、春日大神
由緒式内郷社にして大神社とも奉唱神功皇后摂政元年勅祭の御社也日本書紀曰九年九月令諸国集船舶練兵甲時軍卒難集皇后曰必神心焉則立大三矛務矣軍衆自聚此事鎭西要路略一卷に出つ釈日本紀曰筑前国風土記曰気長足姫命欲伐新羅整理軍士発行之間道中遁巳占求其由即崇神名曰大三輪神所以樹此神社遂平新羅延喜式十卷に筑前国夜須郡於保奈牟智神社(一座小)此他日本紀通証風土記倭爾雅筑前早鑑記等にも此社夜須彌永村に在と記せり神功皇后より六百十二年を経て嵯峨天皇の弘仁辛卯勅願に依て再建土御門天皇の文明三年先規に復せられ御造営ありし由旧記に見えたり、宝物勅書御教書社記古文書等天文天正両度兵火に罹りて烏有となる是に依て神体を天正十五年時仮殿に奉遷正保二年再建の事あり貞享四年又再建す今の神殿是也、御社領往古は三十六町有しと言伝ふ今牛木村、大塚村、依井村、甘木村等に上大神田下大神田島巡など唱ふる所の字は悉其旧跡なり秀吉公の時没収せらる式内小社は社地境内四町四面の定めなる事宝亀の格文に見えたり社の左右広く平地列なりて今民有地となり或は官有となりて僅に社地を存するのみ元禄六年領主黒田長重地社領とし三石の地を寄附すと雖も維新の際廃せらる従前当郡の惣社にして領主の祈祷所五社七社の其一也氏子十三箇村あり明治五年十一月三日郷社に定めらる明治二十九年九月二十五日県社に昇格。
例祭日十月二十三日
主なる建造物神殿、拝殿、中殿、神饌所、文庫
境内坪数九百四十八坪
氏子区域及戸数千七百戸
境内神社八幡神社、須賀神社、天満神社、八幡宮、天満宮、八幡宮、天満宮
摂社幸神社、高木神社
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