[A00-1763] 天満神社(てんまんじんじゃ)
神社誌№A00-1763
神社名 天満神社(てんまんじんじゃ)
社格  無格社
鎮座地区浮羽郡
所在地 浮羽郡船越村大字船越字北小川
メモ  
祭神菅原神
由緒菅原神の画同神像伝来せしが旧久留米藩主、天明元丑年創立。明治五年五月同村々社老松神社の摂社に被定。鷽替及び鬼ふすべ二月二十五日
当社略縁起に記する所次の如し、抑筑之後州竹野郡小川邑に天満宮と崇奉るは恭くも菅公左遷の折から三人の下臣都より御跡をしたひ太宰府ヘ下向日夜仕へ奉るに菅公天拝山において天帝へ願行有により永く御いとまを賜ふ時御記念として鏡に向はせ給ひ真影を自ら画し汝等いかなる遠方に住すとも我を慕ひおもひ出さば此影を見るべしとて三人の愛臣へ与へ給ふ、其内に小川氏は当邑に居住(是より小川を在名に唱ふ)せしに数百年の星霜押
移り後小川伊賀守は八百町を領せしかども豊後国大友宗麟邪宗を信るにより小川邑に住居成がたく筑前国竈門山に落行九ヶ年の間忍び又彦山南谷真教坊に九年隠れ其後は筑前上座の郡長淵村の中央天神屋敷と云所に密に至り親属九人七年の春秋を送りし内に大友家没落せしにより小川に帰邑し御自画を箱に納め崇敬仕奉れり、本来奇瑞利益勝計するにいとまなし就中延宝の頃当国北野山の座主林松院貞円法印当邑に請ふて此尊影を拝せんと開くに明るさゆへ蓋を砕き取出せし所頻に悩乱悶苦しむ故大に恐れ後悔し百韻の連歌を捧べしと誓願有れば忽常のごとし仍て日ならず百韻の連歌を奉納せり、(懐紙当社に納あり)寔に世々澆季の及ぶといへども菅霊は彌益神徳あらたに願望を祈るになどか成就の有ざらん哉可信云々。
例祭日一月十一日、六月二十四日
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