[0338] 和田八幡宮(わだはちまんぐう)
神社№  0338
神社名  和田八幡宮(わだはちまんぐう)
神社別名  
参拝日  2012/03/17
再訪日  2013/10/19
社格   村社
その他社格 
ご祭神  応神天皇、神功皇后、武内宿禰
由緒等  
和田八幡宮御由緒記

一、御祭神 三柱
應神天皇
神功皇后
武内宿祢

二、境内神社 五社
菅原神社 菅原道真公 学問の神様
紅葉神社 軻遇槌神 防火盗難の神様
金刀比羅宮 大物主神 交通の神様、病気平癒の神様
祇園社 達速須佐之男命 厄除の神様
薬師堂 薬師如来 医薬の神様

三、御社殿
本殿 流破風造高欄付銅板葺
幣殿 切屋根入棟造瓦葺
拝殿 入棟破風造瓦葺

四、境内地 一二八九坪一七

五、御由緒
夫、此清浄なる聖地は、古代宗廟の鎮座し給ふ旧社跡なり。そもそも和田八幡宮の縁起をたずぬるに、草創は極めて遠く、古記により往昔天平十七年の頃(西暦七四五年)和田村民の発祥にはじまり氏神として熱く奉斉せしも天正十四年八月(一五八六年)時の関白秀吉九州一統の砌り薩摩勢乱入し、神社仏閣を焼き乱暴至らざる所なり。
其の際当社も兵火に罹り其の後社殿復興礼典を奉事せり。(慶安年間(一六四八年)貞享五年(一六八八年)当時実証の神器あり)
寛延三年(一七五〇年)庚午歳黒田藩主六代目松平筑前守少将継高公此社地に社殿を造営せられ武運長久大祈祷の礼典を厳修尊崇ありしもしばしば霊験あり。
皇国政体維新の砌り規則改正に依り明治五年十一月三日村社に定めされ愈々厚く本村の産土神と崇敬し奉らんと、乞希くは神明此誠志を照覧あれ、国家安泰と和田村民の幸福を無窮に護らせ給えと。
ご朱印   
鎮座地区 糟屋郡
郵便番号 811-2414
所在地  糟屋郡篠栗町和田674
地図座標 33.629865,130.504891
公式HP   
福岡県神社誌
【社名】 八幡宮 [A00-0102]
【所在地】 糟屋郡勢門村大字和田字和住
【祭神】 神功皇后、武内宿禰、応神天応
【由緒】 不詳、再建寛政年間、古老の口碑に存する所に依れば中古天正十四年八月三十日薩摩の兵高島居城責の時は隣村中村の地に有り、兵火の為に延焼せしに依りて其の形のみを其の跡地に残せしを洪水の為流失するによりて今の地に移転す、其年月詳かならざれども慶安、元禄年中寄附の神器あれば其頃は疾に移転せしにや、今棟札寛延三年三月造替とあり。明治五年十一月三日村社に定めらる。
【例祭日】 十一月十九日
【神饌幣帛料供進指定】 昭和三年十月十六日
【主なる建造物】 神殿、幣殿、拝殿、社務所、鐘堂、鳥居、注連掛
【境内坪数】 一千六百七十四坪
【氏子区域及戸数】 九十四戸
【境内神社】 菅原神社(菅原神、垣山姫神、軻遇槌神)、紅葉神社(軻遇槌神、素戔嗚命、稲田姫命)
コメント  
公開日  2012/07/21
更新日  2013/10/20
神社入口
一の鳥居
一の鳥居扁額
社号標
庚申尊天
参道階段
参道階段脇貴船神社
二の鳥居
二の鳥居扁額
参道風景
阿弥陀堂
由緒書き
刻線の石
境内風景
境内神社、左から紅葉神社、祇園社
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
注連掛石
手洗鉢
遷宮記念碑
薬師堂
社殿正面
社殿正面
拝殿内
お潮井台
拝殿前狛犬(阿形)
拝殿前狛犬(吽形)
社殿全景
本殿
社殿背景
鐘堂
境内神社、左から金刀比羅宮、菅原神社
境内風景[2012/03/17撮影]
社殿正面[2012/03/17撮影]
拝殿内[2012/03/17撮影]
社殿全景[2012/03/17撮影]
社殿背景[2012/03/17撮影]
     
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