[0546] 英彦山神宮(ひこさんじんぐう)
神社№  0546
神社名  英彦山神宮(ひこさんじんぐう)
神社別名  
参拝日  未参拝
再訪日   
社格   官幣中社
その他社格別表神社
ご祭神   
由緒等   
ご朱印   
鎮座地区 田川郡
郵便番号 824-0721
所在地  田川郡添田町大字英彦山
地図座標 33.477883,130.926095
公式HP  http://hikosanjingu.or.jp/
福岡県神社誌
【社名】 英彦山神社 [A00-0005]
【所在地】 田川郡彦山村大字英彦山字ニノ御嶽
【祭神】 正哉吾勝々速日天忍骨尊、相殿左、伊佐奈伎尊、右、、伊佐奈美尊
【由緒】 総説皇祖天照大神の御子天忍骨尊を鎮祭し社記に日子の峰は筑紫の高嶽にして太古皇祖正哉吾勝々速日天忍骨尊天降り賜ふ霊地なり、神倭磐余彦天皇日向皇居の時勅使天村雲命を日子の山に遣はされ皇祖天忍骨尊を祭らせ給ふに始まれりとあり、日の大神の御子天忍骨尊鎮り給ふが故に日子の山と名づけられたるなり、崇神天皇乙酉二年神託に依り庚寅七年崇祠を創立し給ひ爾来毎乙酉年六十年を以て造営年度となし、豊前豊後筑前三国の信徒により営繕の古例となり、継体天皇の二十五年八月十一日伊弉諾尊、伊弉冊尊を輔佐の神として相殿に配祀し給ふ、仏教渡来後、奈良朝に至り役小角入山に及び神仏混淆の修験道修法の霊山と号したり。
嵯峨天皇弘仁十年詔りし「日子」を「彦」と改め給ひ「彦山」と称することとなれり。吉野朝に至り、後伏見天皇の皇子助有法親王彦山の貫主となり給ひしより世々伝承し奉り皇室の御尊崇彌々篤く、修験道隆盛を極め、十谷、四十九窟三千八百の坊住を有し、之を統率し年中大小の祭祀を厳修し九州無双の大山たり、降って霊元上皇、享保十四年二月勅願の儀ありて同年六月「英彦山」の勅額を進め給ひ「英」の一字を加へて「英彦山」と尊称し給ひたり。斯く歴朝の御崇敬極めて篤く殊に嵯峨天皇は国家鎮護の勅願所と定め給ひ四方七里の神領を賜ひ、神威天下に輝き荘厳九州に冠たり、従って武門武将、国司、領主の崇敬敦厚を極め九州の諸侯は総て恒例臨時の代参を奉り、又屢社殿を修造し、神領、神宝を献進し奉る等崇敬の事実多し。庶民の崇敬亦厚く彦山権現と崇め三神を祀る所より三所権現とも称し又小伊勢と称へ半参宮と呼びて全山殷盛を極めたり。然るに明治維新神仏分離廃仏毀釈により修験道は廃絶し、幾多の祭儀亦絶え、後奈良天皇御即位の砌御撫物を賜はり聖寿長久、宝祚無窮の御祈祷を修し奉りしより歴代の恒例となりたる御撫物の御儀も明治天皇御即位の際まで修し奉りて以後廃止せられたり。

祭神 本朝年代紀に凡彦山三岳鼎峙三神垂跡北岳天忍骨尊南岳伊弉諾尊中岳伊弉冊尊、とあり。
豊薩軍記に彦山と申けるは九州第一の大山にて云々、彦山大権現と崇め奉るは天地開闢の始め云々、伊弉諾伊弉冊天忍骨尊三神云々とあり。
和漢三才図会彦山三所大権現現在田川郡祭神北岳天忍骨尊中岳伊弉冊尊南岳弉諾尊幡根於豊前豊後筑前大山云々とあり、神名については日本書紀に正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊又右同一書に天忍穂根尊。天忍骨命とあり、延喜式には忍骨命とあり。

社名、山名 長寛堪文に熊野権現御垂跡縁起云々、往昔甲寅年唐乃天台山乃王子信旧跡也、日本国鎮西日子乃山峰雨降給云々とあり。
太宰管内志所引彦山記に是天太子水盈尊奇魂也即辞北嶺奉之日胤尊崇山之本主従之名日子山云々とあり。豊前志に日子山と名を負はせたるは日之御子忍骨尊の鎮座せられたるよりの義云々とあり。彦山義僧伝に嵯峨天皇弘仁十年詔曰嘗聞筑紫日子山者本朝邦家之彦也(今按本邦朝家彦也の義)日子字改彦勅賜彦山云々とあり神名帳考に忍骨神社今彦山にあり天照大神の皇子正哉吾勝尊を祭る実に大神の彦神の鎮座の所なるを以て彦山と云ふとあり。玉葉和歌集神祇にいさきよきひこのたかねの池水にすまは心のすまさらめやは、とあり。和漢合運に天正九年辛巳彦山炎上宝暦四年甲戌六月十三日彦山炎上享保年間賜宸翰扁額榜日英彦山云々とあり。豊前国志享保九甲辰年(附記、享保九甲辰年と記せるは享保十四年の誤りとす)霊元天皇御願あり英之字を御加へ英彦山の三大字の勅額を賜ひ最も日子の訓を転ずべからず宜しく英比古山と唱ふべしとの勅定なり、とあり。霊元上皇院宣に豊前国彦山権現社有勅願之儀殊奉称英彦山宜抽丹誠天下泰平懇祈者院宣如此執達如件享保十四年六月九日按察使俊清、とあり。

祭祀 前掲、社記及び豊前国志所引円光大師行状書図に神武天皇四十二年豊国日子山嶺云々。本斎穂積租血伐狭田命驚走急奏之時天皇大悦勅天村雲命云々建霊畤焉とあり。
霊地詣記に豊国の日子の御山は三国に亘れる大山にて殊に高く雲井に聳ゆ昔神武天皇筑紫にましましける頃斎き祭らせ賜ふとぞ聞ゆる、又此嶺をも高千穂と云ふ由里人談りぬ云々。高千穂と云ふも日子の山と云ふも祭神と聞えし天忍骨尊に由ありて先うち拝まるる云々とあり。

歴朝の御崇敬 社記に御間城入彦五十瓊殖天皇(附記、第十代崇神天皇)二年乙酉春二月十五日奉幣ありと又六十二年乙酉春天皇勅使豊城命を以て幣帛を捧げ祭らせ給ひし云々とあり。以来歴朝の御尊崇の極めて篤く、その事実は由緒の上に多かれども嵯峨天皇、霊元天皇の御尊崇最も顕著なり。本朝年代記に延喜十九年令豊前守惟房奉幣於彦山神又後冷泉院御時伊豫守頼義祈当山退治安部貞任自此以当山為武家御願所又後白河院祈平家滅亡云々とあり。彦山霊験記に、弘仁十三年興法蓮上人奉詔参内於南殿勤修大法現奇瑞霊験掲焉、叡感之余勅賞者宜依請仍蒙寺領方七里十方檀那勅許為勅願所改日子山為彦山被号霊仙寺此時置三千学徒鎮護国家霊場准延暦寺奉祈宝祚長久とあり。
本朝年代記に役小角萬之多年、継而大沙門法蓮主之、因重営構、於是神社仏閣、悉荘厳具足、実九州勝利護国安民大道場也、四十二代主文武天皇、賜綸旨於法蓮又五十二代主嵯峨天皇弘仁間賜宸朝使兼乗天台宗教自是至今以其法而為護国道場也、とあり。
彦山霊験記に寛文二年、依春宮御践祚下勅於当山令修宝祚延長之御祈祷長為勅願所被下行御撫物竝御祈祷料宣伝中納言其賢卿也、因之十一月八日勤修柴燈護摩竝当山権現御本地供白座同十一日講読仁妙典一百五十部、同十二月六日参洛献上巻数云々自今巳後彌宜奉祈宝祚長久之旨被下綸旨畢
英彦山神社文書に享十四年二月二十五日院伝奏坊城大納言殿を以綾小路宰相殿迄彦山鳥居之額有之可然思召候由御内意御座候尤随分隠密被仰出候
六月九日坊城大納言殿江綾小路宰相殿を御招兼而思召之彦山勅額之儀英彦山と被仰出候此趣可相達旨被仰出候
尤御清書出来上御広目被仰付所司牧野河内守殿豊前肥前両国之城主江茂可被仰出候夫迄御隠密に仕候様に被仰出候云々

沿革 社記に上古草創元彦山神宮境界地者西国絶勝霊区而冠筑紫其山岩〼奇状頂三分聳虚天山脚四至跨三国之間東至豊前国下毛郡山国(溝辺中津川大井手口)野中西至筑前国上座郡杷伎三島下座郡城辺(円幸浦)立石(尻懸石)嘉麻郡馬見(八王子)碓井(道祖神)南至豊後国日高郡日田(屋形河壁野山屋崇大肥の里)北至豊前国仲津郡城井高屋(蔵持山)是為彦山往古四堺者也。
又嵯峨天皇御宇弘仁年中有詔往古勅封四堺七里之神地任先規如在来宣旨を下し賜りたる彦山境内地にして豊前豊後筑前の三国に跨れり故に神領十二万石余に充つと云へり又鎮西要略に曰弘仁十三年勅彦山寄山下四維七里為神領因三千之徒起ともありて中古以来大道の陵夷に随ひ元慶年中より元十二万石余の荘園神領も時世の推移に伴ひ元弘建武以来時勢の変遷に依り諸藩の割拠となると雖元勅願所荘園として拝領以後永久国司不入の地なるを以て其境界者三国に蟠根し高木神鎮座の郷村二十個所余を限り彦山境界と定め名称のみ今土人の口碑に存在せり、とあり、以後維新に至る間諸藩武将の割拠するに及び或は没収せられ、或は寄進せられ、或は又上地せらるるなど増減、加除幾多変遷の事実社記に見えたり。
【特殊祭事】 御田祭 三月十五日
社記に御間城入彦五十瓊殖天皇六十二年乙酉春に至りて復瑞籠宮に照臨し賜ひしより田河郡天忍骨大神に勅使を以て奉幣ありて之を斎奉らる爾来郡民知神霊之鎮座而以崇敬信仰多賽云々因慈爾来九国疫息五穀豊也毎年御田祈年祭の原由是なり、とあり。

神幸祭 四月十四日、十五日
社記に祭日毎年旧二月十五日御田祈年祭典執行致来毎年旧三月十五日勅願の祭典執行に付十四日三柱大神旅殿に行幸あり但十五日還幸あり、とあり。
社記に松会、毎年二月十三日大講堂の庭に松を立つ同十四日に三所権現の神輿を御旅殿に行幸なし種々の作法有之云々、同十五日神輿大講堂の庭上に御休の間様々の行事天下安全の御祈祷なり此日座主講堂の庭上出座神事の作法畢りて松を倒し祭礼也就也。
【例祭日】 九月二十八日
【神饌幣帛料供進指定】 明治四年五月十日 国幣小社列格
明治二十三年十一月六日 官幣小社昇格
明治三十年三月十二日 官幣中社昇格
【主なる建造物】 神殿、拝殿、奉幣殿、銅鳥居
【主なる宝物】 霊元天皇御宸翰「英彦山」勅額御本書
後水尾天皇御宸筆「釋迦牟尼佛」
後奈良天皇御奉納紺紙金泥般若心経
後深草院、後西院、後小松院、後光明院、霊元天皇御宸筆
伏見院御宸翰巻物
新院御所宸筆
人道前内府守筆縁記書
後西院御宸筆
源経基願書
成春書翰
義将書翰
太閤秀吉書翰
法華経添書
勅願添書
神功皇后御兜
玉賢坊所納甲
鍋島加賀守所納肥前忠国作太刀
多久長門所納肥前行廣作太刀
小笠原信濃守所納豊前長利作刀
肥前忠廣作剣
相部藤兵衛所納筑前信国作剣
元亀三年津村作笈
右同上檀の板
華蔓仁保太兵衛所納
旧十二社権現垂迹晝像
法誓院三位局所納蓮蒔絵箱入法華経
肥前須古下總茂明所納、仁王般若経
大唐三蔵聖経
小笠原右京大夫文書
【氏子区域及戸数】 田川郡彦山村の内大字英彦山全区域
【境内神社】 四万六千七百四十六坪
【摂社】 産霊神社(熊野久須毘命、高皇産霊命、玉依姫命)、中津宮社(天忍骨命、伊佐奈伎命、伊佐奈美命、多紀理毘売命、市杵島毘売命、多岐都毘売命)、下津宮社(天忍骨命、伊佐奈伎命、伊佐奈美命、健速須佐之男命、神倭磐余毘古命、大国主命、豊宇気毘売命、豊比咩命、彦穂々出見命、鵜葺不合命)、玉屋神社(彦火瓊々杵命、猿田彦大神)
【末社】 大南神社(天火明命)、筒井神社(応神天皇、神功皇后)、坂本神社(大年神、御年神、若年神)、中島神社(菅原道真)、宗像神社(多紀理毘売命、市杵島毘売命、多岐都比売命)、市護神社(菊理姫命)、橿原神社(神倭磐余命)、上津神社(穂々出見命)、鳥尾神社(天火明命)、学文社(思兼命)、新森神社(豊宇気毘売命神)
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