[0878] 八幡宮(はちまんぐう)
神社№  0878
神社名  八幡宮(はちまんぐう)
神社別名  
参拝日  2016/06/11
再訪日   
社格   村社
その他社格 
ご祭神  誉田別天皇、息長足姫命、比売大神、八坂大神、菅原大神
由緒等  
八幡宮由緒

御祭神
誉田別天皇(応神天皇)息長足姫命(神功皇后)比売大神 現在は祇園宮と天満宮を相殿に合祀する。
建立
応和三年(九六三年)九月十三日
正五位上太宰少貳対馬守播磨守 征西大将軍 原田春実公 天慶三年(九三五年)逆臣伊予掾藤原純友を討伐(天慶の乱)し得たるは、一に神霊の加護によるとして、 その子泰種(従五位下太宰貫主長門守)と共に山城国(京都)南男山の神霊を勧請し奉ったのが当八幡宮の由緒である。 その後も原田高祖城主(怡土城・原田城)の崇敬厚く、原田八幡宮と称せられた。
種直公 原田春実公の子孫 従五位太宰少貳筑前守原田種直公は、源平の戦いで安徳天皇を守護し奉り、壇ノ浦に源義経と戦って敗れ鎌倉扇谷に幽囚されること十三年。この間牢中に在りて旦暮八幡宮に祈誓すること久し。感応験あり、建久八年(一一九七年)免されて岩門城(筑紫郡安徳村)に帰る。 種直公はその神澤に感謝せんと欲するも距離遠隔意の如くならざるを以て国政をその子に禅り、当八幡宮の東約百米付近に仮宅を設けて此処に住し、八幡宮を修補し崇敬した。この仮宅は原田の館屋敷と称され、面積約三千坪で周囲には池を廻らせていたが、今は畑となっている。種直公(内大臣平重盛の養女を娶る)は、また平重盛家盛朝臣菩提の為建仁元年(一二〇一年)二丈町波呂に龍国寺を創建した。 種直公の墓は当八幡宮の南隣にある。

平成五年三月 宮崎市 原田稔 寄進
ご朱印   
鎮座地区 糸島市
郵便番号 819-1122
所在地  糸島市東1105
地図座標 33.535866,130.181926
公式HP   
福岡県神社誌
【社名】 八幡宮 [A00-0629]
【所在地】 糸島郡前原町大字東字寺島
【祭神】 誉田別天皇、気長足姫命、比売大神、八坂大神、菅原神、素盞嗚尊、稲田姫命、大己貴命
【由緒】 朱雀天皇御宇平将門叛を為す藤原純友亦叛て将門に応す、帝干時岩清水八幡宮へ賊徒降伏を祈誓せしむ、其後村上天皇応和元年天下に詔して宮を造り田祖の半を賜ひ祭祀せしむ、於是岩清水の神霊を此地に勧請し筑肥豊の三前壱岐対馬の宗廟とし僧坊を置き祭祀を作さしめ地を照松に卜す(照松は即ち東村の古名なり)応和三年九月十三日高祖城主大蔵春実の子泰種城州雄徳山の神霊を請ひ即ち八幡宮を鎮座す、其子孫筑前守原田種直故あり後に八坂社及ひ天満宮の分霊を相殿に祀れり、種直の墳基は八幡宮の社側に在り其後豊臣秀吉寺産を剥き社領を犯し田圃の石に賦課して戦場の歩を出さしむ、明治五年十一月三日村社に定めらる。
祭神素盞嗚尊、稲田姫命、大己貴命は字マガタ無格社や坂神社として祭祀ありしを明治四十三年八月二十二日合併許可。
社家の説に武蔵国氷川神社の分霊を勧請せりと云ふ、応和三年長門守大蔵泰種雄徳山八幡宮を当東村に勧請あり、其後当社及び加布里村天満宮之分霊を八幡宮相殿に祭る、明治維新之際東村一村の鎮守となり無格社となれり。
尚社説に曰く往古は附近十三ヶ村の租税賦役を以て祭祀修繕の費に充てしと言ふ。加布里の浦へ三輿の神幸あり、三前二島の衆皆是に与る、而して該祭礼供奉の行列は、家臣に命じて十三列を供奉せしめたりと言ふ後高祖城陥りては附近十三村の衆のみ是に与れり。明治維新の際分離し現今は大字東一区の村社となる、現今は東区の川端へ毎年神幸す。
境内に神功皇后御髪を解き給ひし時、櫛を載せ給ひしと言ふ御櫛石あり。又古作の狛犬一対あり。
【例祭日】 九月十五日
【主なる建造物】 神殿、幣殿、拝殿、神饌所、社務所、御輿庫
【主なる宝物】 神刀五口、鎧四
【境内坪数】 三百六十坪
【氏子区域及戸数】 前原町大字東区 百二十五戸
【境内神社】 熊野神社、疫神祠
糸島郡誌
【社名】 八幡宮 [N01-0170]
【所在地】 糸島郡加布里村
【由緒】 神饌幣帛料供進指定社。大字東字寺島(古は照松と云ふ)に在り。祭神誉田別天皇、息長足姫命、比売大神。相殿に八坂大神、菅原大神を祀る。昔は境内に大松、境外に大楠、放生池ありしといふ。近年河川改修のため放生池は川となり神橋を架せり。規模大なる社なり。社地の東南隅に神功皇后御髪を解き給ひし時櫛を戴せ給ひしと云ふ御櫛石あり(高二尺、幅一尺五寸)。又古作の狛犬一対あり。古は庄内三社の一にて、附近十三村(東、神在、岩本、田中、加布里、浜窪、松末、片山、武、松国、瀬戸の内高田、長石、本村の内初田)の惣社なりき。
朱雀天皇の御宇平将門叛するや、帝藤原忠文等に詔して之を討たしむ。忠文発するに当り帝釋浄蔵に詔し賊徒降伏の法を祷らしむ。官軍未だ至らさるに平貞盛藤原秀郷相互に将門を討つ。是より先き藤原純反海島に拠りて叛し遥に将門に応す。之に依りて帝藤原慶幸小野好古及ひ大蔵春実に命して之を討伐せしむ。発するに方りて帝又釋明達をして岩清水八幡宮に祈らしむ。春実命を承るや同しく岩清水に祈誓す。幾もなく純友誅に伏す。帝大に之を嘉し軍功を論賞す。即ち天慶三年十一月春実を征西将軍に拜し三前(筑前豊前肥前)二島(壱岐対馬)を賜ふ。乃ち城を筑前国御笠郡椽城に築きて九州の兵馬の権を握り同七年二月八日新城を原田に築き居住す。其後村上天皇応和元年天下に詔して諸国に宮を造り田租の半を賜ひて之を祭祀せしむ。是に於て春実衆を会して曰く、余嚢に純友討伐の命を蒙り、勝を千里の外に決し威を九州に震ふことを得るもの、是れ余が功勳にあらす。されは神霊を此地に勧請し、三前二島の宗廟とし、僧坊を置き祭祀をなさしめん。国土を利し社稷を興すの大宝豈之に踰るものあらんやと。衆議之を然りとす。依りて位置を照松に卜す(照松は怡土郡川上の内即ち東村の古名なり)。既にして春実薨す。嫡泰種遺言を承け、応和三年九月十三日山城国南男山の神霊を勧請し奉る。即ち当八幡宮鎮座の由緒なり。祭日は勧請の年月に因み毎年九月十三日大祭を執行し且つ神幸式を営み来りしを陽暦を用ふるに至り十月十三日に改む。後其子孫従五位下太宰少貳兼筑前守原田種直安徳帝を邀輿し平家荷擔云々により元暦元年鎌倉の扇ヶ谷の土窟に幽せらる。種直乃ち牢中に在りて旦暮八幡宮に祈誓すること久し。感応験あり十三年の星霜を経て、建久八年の秋免されて那珂郡岩門城に帰ることを得たり。種直其神澤を感謝せんと欲するも距離遠隔意の如くならさるを以て、国政を嫡益種に禅り東村に仮宅を営みて此に住し八幡宮を崇敬す。其後に至り八坂神社及ひ天満宮の分霊を相殿に奉祀せり。而して石武郷十三村の租税賦役を以て之か祭祀修繕の費に充てしむ之を八幡宮の敷地と云ふ。毎歳九月大祭会を興し三前二島の衆咸な是に預る。高顕の栄想ふに足る。然るに物換り星移り遂に二島の巫等議して之を止む。其後豊前の巫等亦隨つて之を止む。但肥前の巫のみ其後尚ほ来りしといふ。該祭例供奉の行列は家臣に命して十三列を供奉せしむ。神在村長松、田中村末安、本村蓮華、同村橋爪、武村長野五郎、本村阿字、田中村大塚、本村毘沙王、田中村平五、東村重弘、松国村別当次郎、東村盛弘、同村末弘等これなり。これ種直の創立する旧規の存する所なり。種直の墳墓は八幡宮の社側にあり。其後沿革を経て豊臣秀吉朝鮮を攻むるの時産を剥き社領を侵し、田圃の石に賦課して戰場の歩を出さしむ。寺社人を仮りて田主と名け役に赴かしむ。是社寺名田の稱由て設る所なり。又田主の長これを名頭と云ふ。名頭の家処々に散在す、今の所謂行事なり。毎年九月祭事を行ふ故に行事と名く。行事名の由て生する所にして今日まで祭例に供奉する所以なり。三輿の行幸旧規を怠らず。然れども高祖城陥りし後は僅に石武郷十三村の総社と尊崇し、供奉の人馬及び祭具を課し旧規の式を行ひしも、明治維新の際分離して現今大字東一区の村社となる。然れども旧規を存し隔年に加布里村海辺字姫越と東区川端とに行幸の式を行ふ。大正十一年一月十三日幣帛料供進社に指定せらる。
糸島郡誌
【社名】 熊野神社 [N01-0171]
【所在地】 糸島郡加布里村
【由緒】 前記八幡宮の境内南東にあり。祭神伊弉冊尊、事解之男命、速玉之男命なり。此社吉備真備入唐の時加布里津鷹峯の一所に就いて熊野の三柱を勧請して海陸守護となす。天平七年四月丹?廣成に従つて帰朝の後、即ち天平勝宝元年再び鷹峯に来り、神詞の旧制を増し仏宇新篠を添へ院を宝積院と号し、珠福、普門、龍樹、若王、地蔵、千手、文殊、普賢、大悲、釈迦文、如意輪、瑠璃光の十二院を置き壽永法師を開山となしたり。
其後原田泰種照松に八幡宮を勧請の時、神託により照松の境内に遷し鷹峯を改めて勝軍山と号し、宝積院を改めて神宮寺と号し、而して十二坊は各地に分配せり。瑠璃光院は川園に移す、今の薬師是なり。如意輪院は加布里に移す、今の天祥寺是なり。釈迦文院は影取に移す、今の本厳寺是なり。文殊普賢の二院は鷹峯の東西に置く。龍樹若王の二院は照松の南北に造営す。此四院合わせて鳥有となる。地蔵院は楠田に在り、今の地蔵堂是なり。大悲院は池園に移す、今の大悲閣是なり。千手院は田中に移す、清水寺の旧跡是なり。珠福院は本社の左に築く、今の宮司坊是なり。応和三年泰種宝積院澄観を請じて神宮寺の幹事を領せしむ。同九月十三日落成す。然るに時世の変遷に隨ひ寺院は各所に散在すと雖も旧式を怠らず、毎年九月十八日宮座の式を行ふ。神宝に鎧あり、吉備大臣の具物なりといふ。熊野神社の南側に石龕あり。是鷹峯より移せしものなることを知るに足る。今は古大麻の存蔵物に使用せり。
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公開日  2016/07/10
更新日  2016/07/10
神社入口風景
記念碑
神社入口正面
鳥居
鳥居扁額
社号標
由緒書き
手水舎
社殿正面
社殿正面
お潮井台
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
拝殿内
拝殿内
拝殿内
拝殿内
本殿正面
社殿全景
本殿
本殿
本殿背景
社殿背景
神庫
境内神社、熊野神社
熊野神社正面
境内神社、疫神社
疫神社正面
猿田彦大神
ご神木(ナギの木)
ご神木梛(なぎ)説明板
八幡宮のナギ
ご神木(ムクの木)
八幡宮のムク
境内風景
 
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