[1581] 厳島神社(いつくしまじんじゃ)
神社№  1581
神社名  厳島神社(いつくしまじんじゃ)
神社別名  
参拝日  2024/10/13
再訪日   
社格   村社
その他社格 
ご祭神  市杵嶋姫命
由緒等  
厳嶋神社の由来

口春村は荘園時代から江戸時代になるまで宗像神領地であったためか戦国でもその災禍なく平穏であった
元久二丑年(西暦一二〇五年、七六五年前)に宗像大宮司従四位摂津守氏国が口春守護神として厳嶋大明神を勧請しう古代からの信仰の嶋沖津嶋から分霊された
その守護神は市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命の三女神で安産の神として崇められ氏子で従軍したものに戦死者がなかったという霊験灼かな本尊とされている祭祀は春秋二回で
四月十六日産座祭、九月二十九日豊年祭
昔から続けられ他町村からの参拝者も多い
宝永五年(一七〇五年)福澤本家五代与次右衛門は神社を改築し新名池とその下の田面を御神田として奉納したことにより六角の紋章を賜わる
大正十二年村人相諮り神殿中殿を新築拝殿を後退させて赤瓦葺に改築した
昭和四十一年拝殿腐食傾斜のため全村人の浄財と勤労奉仕により五月二十三日改築落成した
以上古文書等によりはっきりしたのだけを記録し後の人に伝ゆるものである
昭和四十五年五月二十三日 部落長 阿部真次誌
ご朱印   
鎮座地区 嘉麻市
郵便番号 820-0207
所在地  嘉麻市口春331
地図座標 33.609382,130.715751
公式HP   
福岡県神社誌
【社名】 厳島神社 [A00-0395]
【所在地】 嘉穂郡稲築村大字口春字キタ崎
【祭神】 市杵嶋姫命
【由緒】 社蔵の文書に元久年中沖津嶋より現今の地に奉移せりとあり附記旧神職等の口伝には宗像神領地の守護神なりと云ふ。
官幣大社宗像神社旧神職宗像忌子大宮司家の系譜に曰く(忌子大宮司後裔宗像繁丸所蔵)宗像大宮司従四位下摂津守氏国元久二乙丑年領土嘉穂郡口春庄に社を建て身形大神宮を勧請す云々。
官幣大社宗像神社社家文書目録に(宗像神一諸郷文書巳上三通社蔵書)一巻(中略)一久原大穂嘉穂郡河崎文書巳上一巻二通(中略)右撰用捨文書所目録如件応永十六巳丑卯月十四日大宮司宗像朝臣氏経、附記本文の目録に対する文書は今社蔵なし然れども河崎文書とあるは領地の事を記したるものなるべしと云ふ、古老の伝ふる所に拠れば本社従前は七月初午日御手洗池前頓宮に神幸の儀あり翌日神木銀杏の辺の仮殿に御休息ありて流鏑馬及獅子舞を奉す終りて遷御ありしと言ふも今は廃絶せり附記本社近傍に的場と言ふ地名残れり是れ昔時流鏑馬執行せし所又本社に古き獅子頭二頭を存す是れ昔時獅子楽を執行せし遺品なりと言ふ。
宝永年間建物目録に神殿四尺七寸萱葺渡殿六尺に七尺瓦葺拝間二間に三間萱莚云々とあり。宝永五年社殿を改築す本社一間四方小板葺拝殿長三間横二間萱葺御拝一間四方瓦萱とあり。応永二年立岩村庄屋麻生賀郎神額を奉納す。
明治六年十一月三日村社に定めらる。明治十一年神殿拝殿を再建す。
【例祭日】 九月二十九日
【神饌幣帛料供進指定】 明治四十三年四月二十八日
【主なる建造物】 神殿、幣殿、拝殿、社務所
【境内坪数】 六百坪
【氏子区域及戸数】 稲築町口春 氏子数 百三十戸
【境内神社】 えびす神社、貴船神社、天満宮、祇園神社
コメント  
公開日  2025/03/30
更新日  2025/03/30
神社入口風景
一の鳥居
一の鳥居扁額
二の鳥居
二の鳥居扁額
由緒書き
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
記念碑
猿田彦大神
参道階段
三の鳥居
三の鳥居扁額
社殿正面
社殿正面
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
拝殿内
社殿全景
社殿全景
本殿
社殿背景
社殿全景
境内神社(不詳)
境内神社、須佐神社
境内神社(不詳)
境内神社(不詳)
境内鳥居
境内風景
口春三郎丸老樟
口春三郎丸老樟の由来
口春観音堂
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