|
【社名】 日吉神社 [A00-0422]
【所在地】 嘉穂郡碓井村大字上臼井字宮ノ後
【祭神】 大己貴命、国常立命、吾勝命、国狭槌命、伊弉冊命、瓊々杵命、惶根命
【由緒】 不詳、明治六年十一月十三日村社に列せらる。社説に曰く、古へ臼井郷の宗社にして、祭祀も最も荘厳に行はれたりといふ。小字植松と云ふ処あり。古への馬場跡にして、老松列をなして栄えたりしが、今は残れるもの少し臼井の宮は其頃御神幸の頓宮なりしと云ふ。本村宮の本にあり。従前上臼井、下臼井、平山、三村の産神なり。祭神云々創立年月不詳、御朱雀天皇長久元年庚辰三月再建すと云ふ其後は永正六年巳巳、秋月種実重修し、元禄五年壬申郷士臼井次郎左衛門安利社殿神門に至るまで建立す。昔は三月、九月、十一月に上下臼井、平山三村より祭礼を行へり、九月十九日には下臼井村の頓宮に神幸あり。(今下臼井日吉神社の地なり)其道路に松を植えて表とす、今も四五株存せり。此道筋諸民居住する事を許さず、又桟敷原と号して神幸の時桟敷を設けし所も存す。
【特殊祭事】 十一月初、丑日の祭殊に古風なり、其前々日注連下とて、当年座主の家の戸前なる左右の柱に榊を立て、白米を三膳に盛り、又三膳に七種を供ふ、其の主夫婦持って座に着く、神主其の中にて祓を修して神を請じ、神主と杯を取り交して後夫婦持たりし幣を門柱左右の榊と共に立置き、門口に縄を張って人の出入りを禁ず、当日に至れば三村の神架(神官の義力)神殿に会し其の祭を受持ちたる者三人(一村一人)幣を持て蹲踞す。神主祭文を唱畢て各座定り神主より餅の味噌羹を出す。上臼井村より盃を初む、次に芋の羹を出す、(三村共に同じ)神酒十二返応酬終て神前に供へたる餅を賜りて退く。社の左右に七反七畝の神田あり、慶長年中より税地となる神田の内浮殿と号して社の西一町余に神輿を休めし所あり、比恵川と云ひ、神池の迹あり、(今旧神官坂本氏の宅地)井の字の形に掘れり。
【例祭日】 九月十九日
【神饌幣帛料供進指定】 明治四十一年十一月十日
【主なる建造物】 本殿、幣殿、拝殿、社務所
【境内坪数】 六百三十坪
【氏子区域及戸数】 二百五十戸
【境内神社】 大神宮(八幡大神、天照大神、春日大神)、須賀神社(素盞嗚命)、猿田彦神社(猿田彦神)
【摂社】 大三神社(大物主神)
|